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    • 2015.06.24 Wednesday
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    トークイベント「artist in the bar counter -坂野充学-」

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      3月15日(土)19:00から、現在コンフリで展示中の坂野充学さんが、
      コンフリのカウンターでバーテンをし
      ながら来場者とフランクにトークするイベント
      「arti
      st in the bar counter」を開催致します。
      当日は坂野さんの地元、石川県鶴来発祥、知る人ぞ知る吉田屋の「プロだし」を使った
      石川県名物「とり野菜みそ鍋
      」を食べながら、緩やかなフリータイムをお楽しみください。
      是非、お時間ございましたら取手駅前コンフリまで足をお運び頂けますよう、宜しくお願い致します。


      坂野さんの現代美術初体験となった小さな町の自宅付近で偶然にも1991年から開催された
      「ヤン・フートin鶴
      来 現代美術と地域」の当時の貴重な資料や、
      地元の古く
      から続く土着文化を色濃く残す祭文化にはじまり、
      「超ロ
      ーカル土着文化が残る日本」から今回の台湾で制作されたプロジェクトのテーマでもある
      「私たちの知らないもう一
      つの日本」まで西洋の文脈から遠くかけ離れ、
      作家自身が
      生まれ小さな町から世界をみつめる
      「まだ誰も知らないグ
      ローバルなローカリティー」という視点で
      各々好きな事を
      話すフリートーキングバー形式のイベントを行います。


      参加費:一般¥500(とり野菜みそ鍋)
          学生¥500(とり野菜みそ鍋+1ドリンク)
          当日は坂野さんの地元のお酒もご用意しております。
          その他のフードやドリンクは別途ご注文下さい。



      以下、当日作家の坂野さんが見せてくださる、
      ヤン・フートが石川県の鶴来で行った
      展覧会の当時の写真の一部です。


      石川県白山市鶴来の伝統的な祭「ほうらい祭」大昔の鍛冶屋文化などが色濃く残る珍しい祭。



      作家自身もメンバーである新町青年団がつくる「つくりもの
      といわれる造形物の準備風景を見学するヤンフート一団。


      つくりもの」の制作方法を取り入れて、アートワークを制作する招聘作家

      また今回初の公開となる作家自身が長期にわたり収集してきた「ヤン・フートin鶴来 現代美術と地域」についての資料は、20年以上前に開催されアートプ ロジェクトの先駆けの活動資料として非常に希少なものから、作家自身が当時の町の中心人物にインタビューした際の音源や写真など未公開資料の公開となりま す。



      鶴来の蔵や家屋をつかって開催された先駆的なアートプロジェクト



      町を練り歩く観客とヤンフート、アーティストたち

      2週間前に死去したゲント現代美術館(S.M.A.K.)創設者、ドクメン
      タ9のチーフキュレーターなどで知られるヤン•フートを追悼し、彼が小さな町にどんな変化をもたらしたかを再考するとともに、作家がこの町を舞台にした映像作品や、リサーチプロジェクトなどについても触れていきます。



      鶴来の民俗学研究者の話をもとに制作された映像作品「visible breath」。
      ストーリーはメソポタミア文明から渡来人が鶴来にたどり着き、
      祭や土着文化ができるまでと古代、現代シーンが同時進行していく


      鶴来の民俗学研究者をリサーチする作家 (visible breathより)


      鶴来の伝統的な蔵を利用した作家の撮影スタジオ兼アトリエ


      「日本魂の歌」MVより

      現在、コンフリとAI KOWADA GALLERY hanareで同時開催中の展示映像作品
      の1つである日本統治時代に日本人教育を受けた台湾人アマチュアシンガーの黄林春枝によって1995年に制作された「日本魂の歌」のMVでは、日本人道徳 教育で信じてきた愛国心をもった日本人魂から50年後の歪んだ個人主義や1995年に起こった阪神大震災などの災いについて言及し、「揺れる大地だ、崩れ るビル街 安全だ 安心だ」というフレーズは現在のわたしたち自身が、国家のためでも自分だけのためでもない、自分たちのローカルをみつめていく必然性を 示唆しているようにも思えます。

      東日本大震災から3年たった今、20年前の阪神大震災の際に「私たちの知らないもう一つの日本」から発せられた歌声を、私たちはどのように受け止めるのでしょう。






       

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